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青森地方裁判所弘前支部 昭和30年(ヨ)14号 決定

申請人 工藤丑蔵

被申請人 弘南バス株式会社

主文

被申請人が、昭和三〇年一月八日、申請人に対してした解雇の意思表示の効力を停止する。

(注、無保証)

理由

一、申請の趣旨

申請人は、主文と同旨の決定を求めた。

二、申請人の主張する事実

1  申請人は、昭和二五年四月一七日、被申請人(以下、単に、会社という。)にバスの運転士として雇われ、以来、その職に従事して来た。

2  ところが、会社は、申請人に対して、昭和三〇年一月八日、何等、正当な事由がないのに、「就業規則第六十五条に依り解雇を命ず」という辞令を交付して、解雇の意思表示をした。

3  ところで、会社の従業員は、日本私鉄労働組合総連合会弘南バス労働組合(以下、単に、組合という。)を組織していて、申請人も、これに所属している。

4  そして、組合と会社との間には、昭和二七年一二月一日、労働協約(以下、単に、協約という。)が締結されているが、同協約によれば、会社が組合員である従業員を解雇することができるのは、三三条所定の事由のある場合に限られる。

5  ところで、就業規則(以下、単に、規則という。)は、協約に違反してはならない結果として、規則六五条によつて、組合員である従業員を解雇することができるのは、

イ  停年に達したとき(但し、協約三三条五号によつて、制限事項がある。)。

ロ  休職期間満了したとき(但し、協約三三条三号によつて、制限事項がある。)。

ハ  精神又は身体の障害があるか又は虚弱、疾病のため業務に堪えられないとき(但し、協約三三条四号によつて、制限事項がある。)

だけであつて、これらの事由以外の事由で解雇すれば、それは、協約に違反することになつて、当然に、無効である。

6  しかるに、申請人は、右の事由のいずれにも該当しないから、会社が、申請人を解雇したのは、右の事由以外の事由によるものといわなければならない。したがつて、この解雇の意思表示は、協約に違反し無効であることが明らかであるし、又、不当労働行為にも該当する。

7  申請人は、昭和二三年、家族とともに満洲から着のみ着のまゝで引き揚げ昭和二五年になつて、ようやく、会社に就職することができた。そして、現在、妻と幼少の子供四人の家族があつて、申請人の賃金だけによつて、生活を支えて来た。ところが、会社の理由のない解雇に会つて、申請人一家は飢餓線上をさまよわなければならない羽目に陥つた。

8  以上のとおりであるから、会社が申請人にたいしてした解雇の意思表示の効力を停止する仮処分を求める。

三、当裁判所の判断

ところで、当事者双方の提出した疏明方法によれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  申請人は、昭和二五年四月一七日、会社にバスの運転士として雇われ、以来、その職に従事して来た。

2  ところで、申請人は、昭和二九年六月一九日、青森市石江(旧新城村)の国道路上で、弘前発青森行バスを運転中、荷馬車と衝突した。

3  会社は、この交通事故は、全く、申請人の過失によるものと断定し、これを惹起させた責任を主たる理由としそれは、会社の現行規則六五条五号の解雇事由に該当するものであるとして、申請人に対し、昭和三〇年一月八日、「就業規則第六十五条に依り解雇を命ず」という辞令を交付して、解雇の意思表示をした。

4  その規則六五条は、従業員の解雇について、次のように規定している。

「従業員が左の各号の一に該当するときは、一ケ月以前に予告するか又は平均賃金の一ケ月分を支給し、解雇することがある。但し、業務上負傷し又は疾病に罹り療養のため休業する期間及びその後三十日間、女子が出産のため休業する期間及びその後三十日間はこの限りでない。

一、停年に達したとき。

二、休職期間満了したとき。

三、会社の承認なしに他に就職し又は自己の業務を営むに至つたとき。

四、打切補償を行う者について必要があるとき。

五、労働能率が悪く、会社従業員として適格性を欠くるとき。

六、精神又は身体の障害があるか又は虚弱、疾病のため業務に堪えられないとき。

七、やむを得ない事由により事業を縮少するとき。

八、作業の合理化その他の事由により冗員が生じたとき。

九、正当な事由なくして異動を拒んだとき。

一〇、試の使用期間中の者で不適当と認めたとき。

一一、その他前各号に準ずる事由のあるとき。」

なお、規則六四条によつて、停年は、主任以上の職にある者は満五五才、その他は満五〇才と定められている。

5  ところで、会社従業員は、組合を組織していて、申請人もこれに所属している。

6  そして、会社と組合との間には、昭和二七年一二月一日、協約が締結され、その有効期間は、昭和三〇年六月三〇日までと定められているが、その三三条は、組合員である従業員の解雇について、次のように規定している。

「会社は、左に該当する組合員は解雇する。

一、懲戒解雇と決定した者。

二、協約第九条該当者。

三、休職期間が満了尚業務に堪えない者。

四、専門医の診断により、精神又は身体に障害を生じて業務に堪え得られない者。

五、満五十才以上にして作業能力が著しく低下し又は身体に故障を生じたる者。但し、此の場合は組合の意見を徴するものとする。」

なお、協約九条は、次のとおりである。

「会社は、組合から除名された者を解雇する。但し、本人より異議の申立があつた場合は、会社、組合協議の上決定する。」

7  申請人は、大正三年一月一三日の出生で、昭和七年自動車運転の免許を得、昭和一〇年、兵役のため渡満し、後、満洲で一家を構えていたが、終戦に会つて、昭和二三年、着のみ着のまゝで郷里に引き揚げた。そして、昭和二五年になつて、ようやく、会社に就職することができたのであるが、組合にあつては、昭和二六年、常任委員として、又、昭和二七年からは引き続いて執行委員として活動して来た。ところで、申請人は、現在、妻と幼少の子供四人を扶養しなければならないのであるが、これまでは、会社から支給された賃金だけに依存して生計を維持して来たので、本件の解雇によつて、必然的に、申請人一家の生活は困窮に追いやられている。

そこで、進んで、以上の事実にもとずいて会社の本件解雇が、申請人の主張するように無効であるのかどうかについて考察することにする。ところで、前示協約三三条と規則六五条とのように、協約と規則とが同一の解雇条項について、異なつた基準を定めている場合の両者の関係は、協約によつて解雇することができない以上、たとえ、規則によつて解雇することができても、組合員である従業員を解雇することはできないものと解する。そして、協約三三条の規定は列挙的なものであつて、組合員である従業員は、同条所定の事由のある場合にだけ解雇され、それ以外の事由では解雇されることがないことを保障するものであると解する。したがつて、規則六五条によつて解雇するとしても、それが協約三三条によつて解雇することのできない場合には、規則による解雇の意思表示は、無効であるといわなければならない。ところで、規則六五条五号にいわゆる「労働能率が悪く」というのが、協約三三条五号にいわゆる「作業能力が著しく低下し」というのと、仮に、同義異語であるとしても、同協約には、「満五十才以上にして」という制限があるから、大正三年一月一三日出生の申請人を協約三三条五号によつて解雇することはできない。更に、申請人は、協約三三条一号乃至四号にも、何等該当するものではないから、申請人は、いずれにしても、協約によつて解雇されるいわれはないものといわなければならない。それであるから、会社が、申請人に対してした解雇の意思表示は、結局、無効であるというの外ない。

次に、申請人は、会社から支給される賃金だけに依存して一家の生計を維持して来たのであるが、その申請人が解雇が無効であるにもかゝわらず被解雇者として取り扱われることは、申請人にとつて著しい損害であるから、その従業員である地位を保全する必要があると解する。

以上のとおりであるから、申請人の本件仮処分申請は、本件解雇が不当労働行為に該当するかどうかを判断するまでもなく、相当であると認め、主文のとおり決定する。

(裁判官 野口栄一郎)

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